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2.1 日中の勧誘に関する先行研究
2.1.1 日本語の勧誘に関する先行研究
日本語の勧誘に関する研究は多く、ザトラウスキー(1993)、筒井(2002)、鈴木(2003)、大上他(2011)などの勧誘の談話構造に関する研究、安達(1995)、川口他(2002)、日本語記述文法研究会編(2003)などの勧誘の表現形式に関する研究、木山(1993)、嶋田(2013)、東條(2013)などの日本語学習者や日本語教材に着目した勧誘の研究などが挙げられる。その結果、研究者により使用される用語や分類方法には異なる点もあるが、日本語の勧誘会話の構造と勧誘の表現形式の特徴が把握されている。また、勧誘において、日本語学習者と日本語母語話者には、対人配慮行動や、勧誘の構造などに違いがあることが明らかになった。
ここでは、日本語の勧誘の構造や、勧誘の表現形式や、日本語学習者による勧誘などについて詳しく見ていきたい。
日本語の勧誘に関する代表的な研究としてザトラウスキー(1993)が挙げられる。ザトラウスキー(1993)では、日本語の電話で行われる自然会話を用いて、日本語における勧誘の構造と勧誘者、被勧誘者が用いるストラテジーについて分析し、日英の勧誘との対照にも言及している。ザトラウスキー(1993)は、日本語の勧誘の談話を「勧誘の話段」と「勧誘応答の話段」に分け、その二つの話段における勧誘者と被勧誘者のストラテジーを分析している。
「勧誘の話段」は、勧誘者が「勧誘」に関する情報を提供し、被勧誘者が「勧誘」についての情報を聞き、確認し、新しい情報を要求する段階である。「勧誘応答の話段」は被勧誘者が自分の事情に関する情報、「断わり」や「承諾」に対する理由を述べ、「勧誘」に対する「応答」をし、勧誘者がその情報を聞き、確認し、新しい情報を要求する段階である。(ザトラウスキー1993:72)その結果、ザトラウスキー(1993)は、勧誘者と被勧誘者が協力しながら勧誘の談話を作り上げていることを指摘し、勧誘者は、被勧誘者の反応を見ながら勧誘を進め、常に被勧誘者に断わりの余地を与えていること、また、「被勧誘者の都合を優先する方が好ましいと思わせるようにして、勧誘を進める傾向がある」ことを指摘している。
日本語の勧誘のストラテジーの特徴としては、勧誘者の「気配り発話」と被勧誘者の「思いやり発話」を特徴として挙げている。
「気配り発話」は勧誘者の発話であるが、断る理由や「勧誘」に不利な情報、否定的な評価を含む発話である。勧誘者は、被勧誘者が「勧誘」に対する否定的な態度を示し、話にあまり乗ってこない時にこの種の発話を用いて、被勧誘者に気を配り、被勧誘者が断りやすくする。
「思いやり発話」は被勧誘者の発話であるが、断る可能性が高いにもかかわらず、「勧誘」に対する肯定的な態度を示したり、承諾する可能性を残したりする勧誘者の立場を配慮する発話である。「勧誘」に対する肯定的な評価を含む発話、興味を示す発話、新情報を要求する発話、「陳謝」等である。
川口他(2002)は、「マショウ」と「マセンカ」の誘い表現の使用を待遇の観点から分析したものであるが、誘いの場面を「誘いの当然性」が「低い」場合と「高い」場合に分けて考察を行い、「マショウ」型と「マセンカ」型表現は誘う状況における「当然性」の高低による談話構造に種別が生じると指摘し、「誘いの当然性」の高低による談話展開のモデルを提示している。
川口他(2002)は、「誘いの当然性」の高低について、以下のように述べている。
「誘いの当然性」が「低い」というのは、「自分」が誘った時、「相手」が「自分」とともに行動することが確実だとは断言できない、言い換えれば誘いが受け入れられない恐れもあると予想できるということである。これには、次の二つの場合があると考えられる。
①「自分」と「相手」が、すでに「自分」の誘いで一、二度同趣の行動をともにしたことはあるが、ふたたびともに行動することが確実なわけではない場合。
②「自分」と「相手」がともに行動することに初めて誘う場合。このような場合には、[マセンカ]型の「誘い表現」が用いられる。
「誘いの当然性」が「高い」というのは、「自分」が誘ったとき「相手」が「自分」とともに行動することが確実だと考えられる、言い換えれば誘いが受け入れられる可能性が極めて高いと予想できるということである。これには、次の二つの場合があると考えられる。
①「自分」と「相手」が、すでに「自分」の誘いで何度も同種の行動をともにしたことがあり、ふたたびともに行動することがほぼ確実な場合。
②「自分」が「相手」を含めてその場の行動の主導権を持っている場合。このような場合には、[マショウ]型の「誘い表現」が用いられる。
「マショウ型」の誘いは「誘いの当然性」が高いもので、「デス·マス」体かダ体で話す間柄に関係なく、基本的に誘う側は呼びかけてからすぐ勧誘することが多い。一方、「マセンカ」型の誘いは、「誘いの当然性」の低い場合に使用され、勧誘者が被勧誘者の都合や興味など聞き、被勧誘者の反応を見ながら勧誘を進めるという。
また、筒井(2002)も川口他(2002)の「誘いの当然性」の高低に近い「習慣性」対「一回性」、「現場的」対「非現場的」という概念を取り入れ、勧誘の構造分析を行っている。勧誘の会話は習慣性/一回性、現場的/非現場的という要素によって異なり、習慣性のある勧誘(習慣的に繰り返して行われる勧誘)と現場性のある勧誘(その場で実行される勧誘)は、導入部や相談部、終結部が生じない場合が多く、一回性で現場性のない勧誘の談話構造はより複雑であると指摘し、初級の会話教育におけるシラバス案を提示している。勧誘の仕方は、勧誘の内容や、状況、人間関係などによって異なり、それに伴って用いられる表現も異なるため、勧誘の言語行動を学習するには、日本語の教科書では勧誘会話の構造を段階別に、徐々に難しい学習項目を設定する必要があると提言している。
さらに、鈴木(2003)は勧誘を発話·談話·言語行動の3つのレベルで捉えるべきだと主張し、勧誘を3つのレベルで定義している。その3つのレベルは以下のように定義されている。
①発話のレベル
「勧誘者が被勧誘者に一緒にある行為を行うように働きかけること」
言語形式:「~ます?」「~ませんか」「~ましょう」
②談話のレベル
「勧誘者が被勧誘者に一緒にある行為を行うように働きかけ、勧誘に関することがらについて合意形成を行う相互交渉の過程」
③言語行動のレベル
「勧誘された行動が実行可能な状態に至ること」
また、勧誘の談話構造は、〈勧誘〉、〈勧誘内容に関する相談〉〈実行の手続きに関する相談〉という3つの部分からなる共通した談話構造を持ち、談話型のバリエーションは、勧誘者と被勧誘者の間における情報の共有度によって決められると述べられている。
また、勧誘がその場で実行されるかどうかにより使用される先行発話が異なると述べ、さらに日本語教育の観点から「〈勧誘〉の部分では勧誘·承諾·断り·情報要求を、〈相談〉の部分では相談に必要な提案や同意などの機能を扱い、学習者が言いたいこと自発的に述べるような教材へと」(p.120)の改良が必要だと指摘している。
大上他(2011)では、筒井(2002)、鈴木(2003)を参考に、以下のように、勧誘会話を<勧誘の導入部><勧誘部><勧誘の相談部><勧誘の終結部>の四つに分けている。
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図2-1 勧誘の談話
※点線で囲まれた部分は、出現しない場合もある
(大上他 2011:9より引用)
大上他(2011)は、ロールプレイによるデータの収集を行い、勧誘者と被勧誘者の親疎関係、勧誘内容の軽重による日本語、中国語、タイ語、ロシア語の勧誘会話の特徴を分析している。ロールプレイにより収集した勧誘会話を分析した結果、勧誘内容の軽重では違いがあまり見られず、その親疎関係によって、各言語では先行発話の使用、勧誘の表現形式など勧誘者が被勧誘者に対する配慮が異なることが分かった。しかし、大上他(2011)では、分析データの4組と少なく、結果を検証する必要があり、また、勧誘者を中心に分析したもので、被勧誘者の言語行動については言及していない。
また、大上他(2011)は、筒井(2002)、鈴木(2003)を参考に、先行発話を①「情報要求型の先行発話」、②「情報提供型の先行発話」、③「共感要求型の先行発話」の3つのタイプに分けている。
①「情報要求型」:相手の予定·関心·経験·体調などに関する情報を要求する発話。(例)「明日、ひま?」「サッカー、好き?」
②「情報提供型」:相手に対して、勧誘内容に関する情報を提供する発話。このタイプでは、先行発話自体が勧誘の発話としての役割を果たす場合がある。
(例)「土曜日に、パーティがあるんだよ」
③「共感要求型」:現場性がある状態の勧誘で使用される発話で、相手に対して話者との共感を求める発話。
(例)「疲れたね」「暑いよね」(大上他2011:9—10)
東條(2013)は、中·上級の日本語学習者が日本語母語話者を勧誘する場合について、勧誘の開始、勧誘表現の使用、勧誘の終了の仕方について分析し、被勧誘者としての日本語母語話者はその勧誘をどのように受け取り解釈するのか、という点にも注目している。その結果、中級から上級になると、ある段階で相手に社会言語、社会文化的規則から逸脱した発話を行い、相手に否定的評価を受けても、後の段階で修復できるように なっており、会話の中における相手との関係の修復がうまくなり、コミュニケーションが一層スムーズに進められるようになることが分かった。
また、日本語学習者は、日本語母語話者と接触する場面において、相手が日本語母語話者だという認識が強く、勧誘の表現より相手の気持ちを考えなくてはならないことに困難を感じたり、勧誘者としての日本語母語話者の返答が曖昧で理解しにくいという不満も多く、日本語母語話者に対するステレオタイプの形成や、距離感を感じることなどが強くなり、勧誘もしにくくなり、お互いの友好関係の築きが困難になると述べている。
また、日本語母語話者は、「気配り発話」を用いて「相手に断る余地を残す」ような勧誘を好み、日本語学習者による社会言語·社会文化的規範から逸脱した発話には、意識的あるいは無意識的に否定的評価をしがちであるとも述べている。
木山(1993)は、日本語の初級·中級の教科書を分析し、場面に応じた「誘い」の言語様式使用の指導上の留意点を考察した。「初級では形の定着をはかるために」、「ませんか」「ましょう」「よう」などの表現形式の提出順序の配慮が重要であり、現在一般的である順序(「ます」形→ましょう→ませんか→よう→ない)が形の定着のために良いと述べている。また、会話者間の関係による言語形式の選択指導には、「上下関係のある会話者間の「誘い」の会話例も提示することが必要である」と指摘している。また、中級ではそれに加えて談話の展開方法、言語化過程モデルによる「誘い」の伝達の段階に加えて、「誘い」の補足や説得の段階を重層的にする工夫が必要であると述べられている。
木山(1993)では「誘い」の談話の展開を、「誘い」の伝達の段階、「誘い」の補足の段階、「誘い」の説得の段階の三つに分けている。その三つの段階については以下のように定義している。
「誘い」の伝達の段階とは、話し手が「誘い」の意図を持っていることを聞き手に伝達する段階である。
「誘い」の補足の段階とは、「誘い」の伝達の段階の後、聞き手が受諾または拒否の意思表示をしないで引き続き「誘い」が行われる場合である。
「誘い」の説得の段階とは、聞き手が「誘い」に対して拒否の意思表示をした後で「誘い」の会話を継続する場合である。
また、嶋田(2013)は、日本語母語話者及び中国人学習者のEメールの談話構造と表現形式を分析し、日本語教育での指導方法について提言している。被験者に対し、所属する団体のメンバーと顧問の教員をバーベキューパーティーに誘うE メールを送るという課題を与え、①メンバー全員に一斉に送る場合(メーリングリストで)②個別に送る場合(相手:仲の良い同期のメンバー)③いつもお世話になっている顧問の教員に送る場合の3 パターンのE メールを書いてもらった。
その結果、中国人学習者のEメールは、開始部、主要部、終了部の構成が日本語母語話者のようにはっきり現れず、開始部や前置きが少なく、主題部から始まったり、前置きがあっても主題とうまく繋がっていないものや、「今度」などの導入標識がないためにやや唐突な印象を受けるメールが多かった。日本語教育の指導では、E メールの基本構造を教えるとともに、「今度」などの導入標識を明示的に教えるべきだと指摘している。また、中国人学習者は勧誘の表現形式を対人関係によって使い分けず、人に押しつけがましさを与えてしまうため、対人関係による表現の使い分けを指導する必要があると指摘しており、親しい相手に対しても配慮をする必要があるという。
2.1.2 日中の勧誘に関する対照研究
日中の勧誘に関する対照研究には、黄(2011、2012、2014)、李(2013)などがある。
黄(2011、2012)は意味公式を用いて、日中の勧誘会話を対照し、「共同行為要求」[1]や、「誘導発話」[2]を分析することで、日中の勧誘表現や勧誘の仕方について考察している。
その結果、日本語は「相手の意向を尋ねる」という誘い方を多用し、中国語の方は「自分の意向を述べる」を多用していることが分かった。日本語では、相手に配慮し、婉曲的に働きかける誘い方をするのに対して、中国語では相手が本当に行きたいかどうかは別問題として、この誘いが相手にとって利益だと思い、ぜひこの機会に誘いたいと思って、積極的に働きかけていると述べられている。
また、日中の「誘導発話」の使用頻度、連続使用数、及び言語形式から、日本語では、勧誘者が、「誘導発話」を一回のみしか使用しないことから、相手に負担をかけることをできるだけ避けて、直接あるいは何度も触れないように配慮する誘い方をすると述べ、さらに「誘導発話」の「連続使用」はできるだけ控えると同時に、相手に無理やりに押し付ける印象を避けようとしていることが分かった。それに対して、中国語の場合は「誘導発話」の連続出現数が多く、相手への負担よりは相手の利益を優先し、誘いを成功させるため積極的に働きかけると述べられている。
相手と距離をおいて、押し付けがましさを避け、相手に配慮するストラテジーを使用しているのに対し、中国語では、(共に参加することへの)共通の連帯意識を増幅させ、相手の利益を最大にし、魅力的条件を提示しつつ相手優先で進めようとしているという。その日中の勧誘会話を「配慮型」と「交渉型」と名づけている。
また、黄(2014)では、日中の勧誘会話の先行部[3]と誘い表現の使用について分析し、日中の勧誘会話における勧誘者の言語行動について対照研究をしている。その結果、日本語の「誘い」談話の先行部の先行連鎖には一定の規範があり,それが談話の展開パターンとして明らかであるという。日本語母語話者は「お腹空いためっちゃ」のような「状況説明」、「お弁当持ってきた?」のような「条件確認」などの「先行連鎖」を用いることによって相手に誘いの予告を伝達し,突然相手の領域に立ち入ることによってもたらす唐突感や不快感を解消しようとしているのに対し、中国語母語話者には先行部の段階が明確に踏まれない傾向があり,談話の展開パターンにおいて日本語母語話者と異なる言語行動を取っていると述べられている。しかし、黄(2011、2012、2014)は、勧誘者の言語行動を中心に分析を行ったもので、日中の被勧誘者の言語行動にどんな特徴があるかについては言及していない。
また、李(2013)では、日本語母語話者、中国人日本語学習者、中国人非日本語学習者を対象とした「断り」表現を分析し、「断り」表現の使用や、中国人日本語学習者の誤用、母語の干渉などについて考察している。談話完成テストの手法を用いて、上下関係と親疎関係による「依頼」、「勧誘」に対する「断り」表現の使用を調べている。その結果、勧誘を断る場面では、日本語母語話者と中国国内にいる日本語学習者は親しい目上に「理由説明」が多く、双方のポジティブ·フェイスに配慮するが、親しくない目上と同輩には「お詫び」が多く、相手のネガティブ·フェイスに配慮している。一方、中国人留学生は目上には親疎とも双方のポジティブ·フェイスに配慮するが、同輩には親疎によって配慮するフェイスが異なっている。親しい同輩にはポジティブ·フェイスを配慮するが、親しくない同輩には自分のネガティブ·フェイスを守ろうとしていた。また、日本語学習者の「ちょっと」の過剰使用や、「中途終了文」の種類と機能に関する知識の不足などが指摘されている。
2.1.3 日中の勧誘に関する先行研究のまとめ
2.1.1 と2.1.2では、日本語の勧誘と、日中の勧誘の対照に関する先行研究について紹介してきた。先行研究では以下のようなことが明らかになった。
(1)勧誘の仕方は、勧誘の内容、状況、人間関係などによって異なり、用いられる言語形式も異なる。
(2)勧誘会話の構造は一回性/習慣性、現場的/非現場的によって異なる。勧誘会話が<導入部><勧誘部><相談部><終結部>の四つに分けられるが、<勧誘部>以外の三つは、場合によって出現しないこともある。
(3)勧誘に入る前に日中の談話の展開パターンが異なる。日本語では「お腹空いた」「お弁当持ってきた?」のような発話をしてから勧誘に入るが、中国語では、勧誘に入る前に明確に踏み込まない傾向がある。
(4)勧誘発話の言語形式については、日本語では「相手の意向を尋ねる」という誘い方が多く使用されるのに対し、中国語の方は「自分の意向を述べる」を多用している。
(5)日本語では相手と距離をおいて、押しつけがましさを避け、相手に配慮するストラテジーを使用するのに対し、中国語の方は勧誘を成功させるため積極的に働きかけ、日中の勧誘の仕方が違う。
本書では、日中の勧誘の異同を分析するが、特に先行研究で言及されることのなかった「被勧誘者が勧誘内容に興味がある場合と興味がない場合の言語行動の違い」と「日中の勧誘会話における会話参加者の配慮の仕方の違い」の二つの点に注目する。
これまでの研究は勧誘者の言語行動に注目することが多く、被勧誘者の言語行動、例えば、被勧誘者が勧誘内容に興味があるかどうかによりどのような言語行動を行うか、その言語行動にどのような特徴が見られるか、などについての研究が少ない。また、これまでの研究により日中の勧誘会話の相違点が解明されつつあるが、その日中に違いが見られる一つの要因である日中の配慮の仕方について論じる先行研究は少ない。本書では、被勧誘者が勧誘内容への有無による日中の被勧誘者の言語行動、日中の勧誘会話における勧誘者と被勧誘者のお互いに対する配慮の仕方についても考察する。